前回説明いたしました将来の介護費等のような、現在発生していないが将来発生することが見込まれる損害の賠償を現在受け取ろうとすると、いわゆる「中間利息の控除」という問題が生じます。この「中間利息の控除」について、今回は解説しようと思います。
ここでは、そもそもお金というものが、貯蓄や投資といった運用をすることにより増えていくものであるということが前提となっています。仮に、年利5%で貯金をすると、現在の100万円は1年後には
100×1.05=105万円となります。2年後には、
105×1.05=110.25万円となります。3年後には、
110.25×1.05=115.7625万円となります。
このことを逆から言うと、3年後の115.7625万円は現在の100万円でしかないということになります。
いかがでしょうか?式の上では当たり前のことですが、結論を見ると現在の額が少なすぎるように思えて納得がいかないという方もいらっしゃることでしょう。その原因は2つあります。
まず一つ目は、そもそも年利5%で貯金をするという前提が非現実的であるということです。この点については、現在の民法において法定利率として年5%と定められているためなのですが、今度の民法改正で法定利率がまずは年3%に引き下げられ、その後3年ごとに変更される仕組みになる可能性が高いです。
もう一つは、「複利」というマジックです。100万円の年利5%なら、毎年利息が5万円だろうと考えてしまいがちですが、上の計算例ではそのように(105万円、110万円、115万円)なっていませんね。これは発生した利息が直ちに元本に組み入れられることにより、利息が利息を生み出すことになるという、複利計算により起こるものなのです
上記のように「将来発生する一定金額が現在の金額でいくらに相当するか」を算出する作業のことを、中間利息の控除と呼んでいます。この中間利息の控除にあたり、現在の裁判実務においては、一般的な事案ではほぼ全国的に、複利計算を用いるライプニッツ方式が採用されています。これは、交通事故被害者にとっては不幸なことです。例えば、ライプニッツ方式によると、1年後の100万円は現在の95万2381円です。10年後の100万円は現在の61万3913円です。また20年後の100万円は現在の37万6889円でしかありません。30年後の100万円に至っては、現在の23万1377円に過ぎないのです(緑本119頁)。
現実の紛争においては、1年間に一定額の損害が生じるとして、それを何年分請求できるかについて争いになることが少なくありません。このような場合も将来発生する損害を現在の価額に引き直すという中間利息の控除が問題となります。仮に1年間100万円の損害が生じるとして、それが30年間生じるとするのか、あるいは40年間生じるとするのかによって生じる差は、一見、100×(40-30)=1000万円にもなるように思われます。しかし、ライプニッツ方式を採ると、30年間の場合は15.3725を乗じることになり、40年間の場合は17.1591を乗じることになりますので、両者の差である17.1591-15.3725=1.7866を100万円に乗じた178万6600円の違いが生じるに過ぎないということになります(緑本120頁)。
いかがでしょうか?この種の問題は、詳しく(長く)説明すると分かり易いというわけではないので、ごく簡単に説明させていただきました。このようなライプニッツ方式が妥当かどうかは議論の余地があると思いますが、現在の実務においてはこれを用いることが確立されていますので、被害者の方には正確に理解していただき、特に和解の際に思い出していただく必要があると感じています。自分が一体どの程度の妥協をすることが求められているのかを正確に知ることは、和解において極めて重要なのです。
なお、ここまで読まれて、なぜ中間利息が控除されるのに、物価上昇率については考慮されていないのか、という問題意識を持たれた方もいらっしゃるかと思います。特に、金融や経済に強い方であれば、このような疑問を持たれるのがむしろ自然でしょう。鋭い問題意識であると思いますが、現在の実務はまだその問題に対して答えることができていません。現在の実務が前提としている社会は、以下のような実に滑稽なものなのです。
「現在価格100万円の介護ベッドの30年後の価格が100万円のままであるにもかかわらず、現金23万1377円を同じ30年間貯蓄等で運用すれば100万円に増える社会」